ばいあすにゅーたうん

俺は屁をこくシステムだ

掃除すること爺の如し

wattoさんの閲覧注意日記を読んでWatto's up?(どうしたんだい?)と思った私は、風呂に入った時ついでに掃除しなさいよといったブコメを残した。後々考えてみると、この私の発言は全く持って異常であった。掃除などろくにせず散らかしっぱなし大権現の私が掃除をしろだなんて!


元々、詰まっていたものを取り除くのが好きという性癖(例:網戸の目の泥を取り除く)を持っていた私ではあるが、実家に暮らしていたり、一人暮らしをしていたころはそこまででもなかった。結婚して妻と暮らすようになって加速したのだ。妻の髪の毛は私の30倍程の長さであるため、1本抜けただけでもその存在感は強烈である。風林火山を地で行く妻は少々の髪の毛が落ちていても気にもせず「動かざること山の如し」とツムツムに興じる。ツムをなぞる指は疾きこと風の如し。一方私は居ても立っても居られず、床に落ちていれば掃除機をかけ、排水溝に溜まっていればそれを取り除く。ついでに洗面所の隅にたまる埃も掃除機で吸い、排水溝や洗面器のヌメリも掃除する。勢いづくとお風呂だけにはとどまらず、洗面台の水垢を落としたり、台所の油汚れを掃除したり、便所掃除したり、ガスレンジの焦げを落としたり…と範囲が広がってきた。もう髪の毛なんて関係ないこと小島よしおの如しである。


掃除をしていると、祖父を思い出す。祖父も細かい掃除が好きだった。庭の砂利を均したり、熱心に畑の草むしりをしていた。一番記憶に残っているのは、テフロン加工のフライパンをやすりでみがいてピカピカの銀のフライパンにしてしまった事だ。母が「テフロンが無い」と嘆いていたのを憶えている。細かい掃除が好きなのは祖父からの遺伝なのだろうか。爺ちゃんは細かいなぁ…うるせぇなぁ…と文句を言っていた過去をゴシゴシと洗い流したい。ゴシゴシすること自慰の如し。下ネタかよー。